Financial Regulation Newsletter
Ⅰ. はじめに
金融庁は、2025年6月25日、「第55回金融審議会総会・第43回金融分科会合同会合」(以下「本金融審議会総会」といいます。)を開催し、暗号資産を巡る制度のあり方に関する検討として、国内外の投資家において暗号資産が投資対象と位置づけられる状況が生じていることを踏まえ、利用者保護とイノベーション促進の双方に配意しつつ、暗号資産を巡る制度のあり方について検討を行うことを諮問しました。この諮問を踏まえて、暗号資産制度に関するワーキンググループが設置される予定です。
これに先立つ2025年3月6日には、自民党デジタル社会推進本部web3ワーキンググループが「暗号資産を新たなアセットクラスに~暗号資産に関する制度改正案の概要~(案)」を公表(以下「自民党提言」といいます。)1、同年4月10日には、金融庁が「暗号資産に関連する制度のあり方等の検証」と題するディスカッションペーパー(以下「DP」といいます。)を公表し、同年5月10日まで意見の募集を行いました。本金融審議会総会における事務局資料や議論の内容は、これらの動きも踏まえたものといえそうです。
暗号資産(仮想通貨)は、資金決済に関する法律(以下「資金決済法」といいます。)及び犯罪による収益の移転防止に関する法律(以下「犯収法」といいます。)の改正法が施行された2017年4月以降、その売買・交換等が法規制の対象となり、その後の法改正においても、暗号資産交換業に係る体制整備や金融商品取引法(以下「金商法」といいます。)による暗号資産に係るデリバティブ取引に関する規制が整備されましたが、他の有価証券と同等とは扱われておりませんでした。もっとも、昨今の規制整備や諸外国における環境の変化、「投資立国」及び「資産運用立国」といった政策の後押しもあり、暗号資産は、単なる投機的な投資対象としての存在から、国民の資産形成のための商品としての存在価値が期待されるようになってきております。
本ニュースレターでは、主にDPでの議論を踏まえて、暗号資産を巡る現在の法制度の整備状況や取引の動向を概観しつつ、これからの規制見直しの方向性を確認します。
Ⅱ. 法整備の状況
1. これまでの法整備の状況
我が国における暗号資産(当時は仮想通貨)に対する規制は、2017年4月1日の資金決済法の改正法が施行されたことに端を発します。以来、同法の改正、暗号資産交換業者に関する内閣府令、犯収法、金商法の整備が進み、現在に至っています。
2025年7月現在の主な規制状況は、以下のとおりです2。
法令名 | 主な規制内容 |
資金決済法 |
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金融商品取引法 |
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犯収法3 |
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このほか、暗号資産に該当しないブロックチェーントークンに対する金融規制としては、金商法におけるトークン化有価証券(いわゆるセキュリティトークン)への規制、資金決済法等における法定通貨に裏付けられたトークン(いわゆるステーブルコイン)への規制が、逐次の法改正により整備されてきています。
2. 取引の実情と環境整備の必要性
上記1.で述べたように、我が国における暗号資産に対する規制は、一部金融商品としての規制はありつつも、基本的には、利用者の暗号資産の管理や価格のボラティリティの高さ、決済手段性に着目した規制となっています。これらの規制は、暗号資産の発行者ではなく、暗号資産の取引や保管を取り扱う業者に課されています。
暗号資産の利用者は着実に拡大しています。一般社団法人日本暗号資産等取引業協会(以下「JVCEA」といいます。)の公表する資料によれば、2025年4月時点での暗号資産交換業者における全体口座数は1,200万口座を超え、利用者預託金残高は3兆円以上となっています。また、金融庁が2024年7月に公表した「リスク性金融商品販売に係る顧客意識調査結果」によれば、投資経験のある国内個人投資家の暗号資産保有率は7.3%を占め、FX取引や社債等よりも保有率が高い状況となっています。
暗号資産による決済が可能な場面は現在に至るまで非常に限定的であることから、暗号資産の大部分は、資金決済法がもっぱら想定しているような決済手段としてではなく、投資の対象として保有・取引されているのが実情です。DPは、このように暗号資産への投資が増加している背景として、株式等の伝統的資産の相関の低さから、インフレ耐性に着目し分散投資の対象となり得ることを指摘しています。
これに対しては、暗号資産がブロックチェーン技術を基盤とし、インターネット上で移転できる財産的価値であることに由来して、それが社会にもたらす便益に着目する向きもあります。例えば、従来の国際送金など複数の金融機関を介して送金する場合に比べると、低コストかつ迅速な送金手段を提供し得ること、一般的にトランザクションが公開されており、改ざんが困難であることから、取引の追跡可能性を向上させ得ること、スマートコントラクトを用いて取引の同時履行等を可能とし、決済リスクを軽減し得ることなどの特性から、我が国が抱える社会問題を解決し、生産性を向上させると期待されています。こうした特質を有する暗号資産やブロックチェーンを利活用する新たなインターネットの在り方を「Web3」(ウェブスリー)と称することもあります。
暗号資産に関しては、個人の取引に課される所得税が分離課税の対象とされておらず、総合課税となる4結果、他国と比較して暗号資産取引に対する税率が高いことが指摘されており、従前から税制の変更を求める要望が根強く存在しています。こうした要望や、Web3分野の産業振興といったトレンドを背景として、自民党提言では、暗号資産に対する規制法を資金決済法から金商法に変更することを中核として、国際競争力確保、市場の健全性確保、開示義務、インサイダー規制、分離課税導入等により、暗号資産を信頼性・健全性を備えた“新たなアセットクラス”として社会に位置づけることを目指すことが提案されました。
そしてDPにおいても、ボラティリティの高さ、詐欺的な投資勧誘の存在、マネロンへの悪用の実態などの暗号資産にまつわる課題に言及しつつ、こうした諸課題は伝統的に金商法が対処してきた問題と親和性があるとして、「金商法の仕組みやエンフォースメントを活用することも選択肢の一つ」であることが言明されました。その後の本金融審議会総会においても同様の見解が事務局から示され、暗号資産制度に関するワーキンググループが設置される運びとなったため、今秋以降、種々の制度改正に向けた議論が本格的に進行することが見込まれます。
以下では、DPや本金融審議会総会の事務局資料で示されている論点ごとに、具体的な規制整備の方向性を見ていきます。
Ⅲ. 規制整備の方向性
1. 総論
(1)既存法制の活用
DPは、総合的な(新たな)法制度を整備する可能性にも言及しつつも、以下の喫緊の課題に迅速に対応するべく、まずは既存の法制の中で対応を模索していくことが重要としています。
課題① 情報開示・提供の充実 |
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課題② 利用者保護・無登録業者への対応 |
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課題③ 投資運用等に係る不適切行為への対応 |
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課題④ 価格形成・取引の公正性の確保 |
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その他 |
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特に①~④として挙げた課題は、情報開示に関するものや投資詐欺等に関するもの、価格形成・取引の公正性に関するものなどであるところ、こうした課題は伝統的に金商法が対処してきた問題と親和性があるため、金商法の仕組みやエンフォースメントを活用することも選択肢の一つと考えられるとされています。この方向性は、上記のとおり暗号資産に対する規制法を資金決済法から金商法に変更することを中核とする自民党提言とも符合するものといえます。
(2)規制見直しの検討対象
DPにおいて特筆すべき点として、規制見直しを図る対象の検討に当たり、暗号資産の性質・取引等の実態面の双方に着目し、暗号資産を2類型に分けたうえで、規制見直しの必要性の検討を進めている点が挙げられます67。
具体的には、下表のとおり整理されています。
性質面における分水嶺 | 規制見直しの要点 | |
類型① 資金調達・事業活動型の暗号資産 | 資金調達の手段として発行され、その調達資金がプロジェクト・イベント・コミュニティ活動等に利用されるもの |
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類型② 類型①に該当しない暗号資産 (非資金調達・非事業活動型の暗号資産) | 上記に該当しないもの(ビットコインやイーサのほか、いわゆるミームコイン等) |
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以上の整理を前提として、DPでは具体的な規制の内容を次のように検討しています。
2. 情報開示・提供規制
(1)伝統的な有価証券との類似と相違
伝統的な資金調達手段である株式や新株予約権といった有価証券については、上場会社の場合、一定の例外を除いて、その募集や売出しを行うに際して有価証券届出書の提出や適時開示が必要となり、かかる金融商品の詳細な情報が公衆に提供されることにより、発行者と投資家の間で生じ得る情報の非対称性が解消されるよう図られています。
類型①の暗号資産は、特定の発行体によって発行されることや、キャピタルゲインによる金銭的なリターン8への期待、また発行により資金調達がなされ、その資金を用いた事業活動が実施されるという点は、有価証券による資金調達とも類似するといえます。
他方で、類型②の暗号資産については、特定の発行者が観念できないことから、特定の者に情報開示・情報提供義務を課すことが困難であり、伝統的な有価証券と同様の規制に服することは現実的でないと思われます。
(2)情報開示・提供の内容
上記(1)を踏まえ、DPでは、投資者が投資に際して暗号資産の機能や価値を正しい情報に基づいて判断できるよう、以下の方向性を示しています。
情報提供等を求める相手 | 提供されるべき情報 | ポイント | |
類型①の暗号資産 |
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類型②の暗号資産 |
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他方、上記の方向性に対しては、以下の留意点が示されています。
類型①の 暗号資産 |
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類型②の 暗号資産 |
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いずれにせよ、有価証券における現行の開示内容とは相当に異なる内容となることが見込まれます。
3. 業規制
(1)現在の規制の体制
現行法上、暗号資産の売買・交換等を業として行うためには、資金決済法に基づく暗号資産交換業登録をする必要があるほか9、JVCEAの会員となり、同協会の自主規制に服する必要があります。
この規制構造は、金商法における金融商品取引業者に対する規制の在り方と類似している部分があります。例えば、有価証券の売買や引受け、募集等を行う金融商品取引業者は、内閣総理大臣の登録を受けなければならず、日本証券取引業協会など、所定の団体の会員として自主規制に服する必要があります。
もっとも、金商法であれば法令レベルで定められている規制が、暗号資産ではJVCEAによる自主規制に委ねられていたり、金商法上の投資運用業や投資助言・代理業に類する業類型が暗号資産については存在せず、現在のところ基本的に規制対象外であることなど、両者の間には少なからず相違がみられるところです。
(2)検討の方向性
DPでは、利用者保護の観点から、発展途上であるトークンビジネスやイノベーションへの影響にも配慮しつつ、暗号資産投資に係る業規制を強化する必要があるとして、以下の方向性を示しています。
課題 | 規制の方向性 |
無登録業者によって違法な勧誘が横行 | より実効的かつ厳格な規制の枠組みを導入 |
暗号資産交換業には該当しないような行為を行う、投資セミナーやオンラインサロン等の出現 | 暗号資産を投資対象とする投資運用行為や投資助言行為を規制対象とする(金商法と同様の方向性) |
組織的な詐欺などのマネーロンダリングへの悪用 | 現行の規制を維持し、交換業者における実務面での取組みによりカバー |
なお、DPは上記に関し、秩序ある健全な市場の形成やビジネスの発展のため規制の必要性は示しつつも、金商法が業務内容や顧客の属性に応じた規制の緩和類型を設けていることにも触れ、暗号資産についてもこうした規制の柔構造化を図ることが適当ではないかという観点も示しています。また、DPは、上記の整理は、あくまで交換業者がゲートキーパーとしての役割を果たしている現状を踏まえたものであるところ、いわゆるノンカストディアル・ウォレット10に基づく分散型取引所(DEX)での取引が拡大した場合には既存規制のストラクチャーでは対応しきれない可能性についても言及しています。
新制度の設計にあたっては、こうした実務の発展と規制との乖離が生じないよう留意する必要があります。
4. 市場開設規制
(1)金商法の規制の趣旨
金商法は、多数の当事者を相手方として集団的な取引の場を提供する場合の、適切な価格形成や業務運営の公正性・中立性の重要性を踏まえ、取引のプラットフォームに対して市場開設規制を課しています。伝統的な有価証券のうち、特に株式に着目すると、発行体は会社に限られ、相対ではなく、取引所における注文のマッチング(板取引)を非常に高速に行うことにより、需給の均衡による価格形成機能が発揮されています。このような仕組みを維持し、健全な市場発展に寄与する観点から、業務運営が適切になされ、またその公正性・中立性を担保するための規律が設けられています。
(2)暗号資産取引の現在
暗号資産については、現物取引や証拠金取引について、いわゆる板取引が行われる実態が一部存在しているものの、株式市場における取引と比較し、その規模は相当に限定的といえます。さらに、特に著名な暗号資産については、同一の銘柄が海外の取引所を含めた多数の取引所において取引されていることからすると、国内の暗号資産交換業者における取引がもたらす価格形成機能はかなり限定的であるといえます。
DPは、暗号資産取引における上記実態を踏まえ、多数の当事者が参加する集団的な取引の場の提供である以上は適切な取引管理やシステム整備は必要ではあるとしつつも、暗号資産の取引所に対して、金商法における金融商品取引所の免許制や私設取引システム(PTS)に対する規制のような厳格な市場開設規制を課す必要性は低いとしています。
5. インサイダー取引への対応
(1)インサイダー・不公正取引
暗号資産に関する不公正取引については、暗号資産デリバティブ取引に関する規制枠組みが設けられた際、現物取引に関するものも含め、(資金決済法ではなく)金商法において、相場操縦規制を含む一定の規律が設けられました。他方、その際には暗号資産を巡るインサイダー取引規制の導入は見送られ、現在に至っています。
DPは、暗号資産取引に対する投資家の信頼確保という観点から、上場有価証券等と同様の規制を課す必要性についての議論を進める必要があるとしました。
(2)様々な規制の方向性
DPは具体的に、以下の3パターンの規制の在り方を示しつつ、それぞれについて積み残しとなっている課題を列挙しています。
規制の方向性 | 検討すべき内容 | |
案A | 上場有価証券等のインサイダー取引規制と同様、重要事実等をできるだけ具体化した形式犯的規定の導入
| 暗号資産の仕組みや関係者の多様性を踏まえた個別具体的な要件の定立
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案B | EU・韓国と同様、重要事実等を具体的に列挙するのではなく、抽象的・実質犯的規定を導入 |
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案C | 米国と同様、不正行為一般の禁止規定(不正の手段等の禁止)を活用 (特に悪質な行為をガイドライン等で明記) |
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このうち案Aは、上場有価証券等に対する現行の規制をベースとする案であるものの、何が重要事実にあたるかは暗号資産の実態に即して考える必要があり、この案に沿った検討が進むとしても、相当に異なったものとなると予想されます。他方、案B・案Cについては、現在のインサイダー取引規制と同様に刑罰を設ける場合、刑罰法規の明確性という憲法上の要請との関係で、立法上の障害が大きいものと思われます。
Ⅳ. 今後の展望
ここまで見てきたとおり、金融庁は、断言を避けつつも、暗号資産に関する規制法を資金決済法から金商法に移行することを既に具体的に検討している状況であり、その方向性は本金融審議会総会においても確認されています。今後設置される「暗号資産制度に関するワーキンググループ」においては、おそらく今秋から上記の各論点を含む具体的な議論が進められ、早ければ来年の通常国会における改正法案の提出が予想されます。
冒頭で述べたとおり、この動きは暗号資産取引に関する税制改正の議論と事実上連動したものであり、また、我が国における暗号資産ETFの解禁に向けた動きも同時並行で進むものと見込まれます。こうした一連の変化は、暗号資産を取り巻く実務、ひいては我が国におけるWeb3ビジネスに大きな影響を与えるものと思われ、今後の動向が注目されます。
脚注
- その後、2025年5月20日公表のデジタル社会推進本部『デジタル・ニッポン2025』の別添として、確定版が公表されています。
- また、暗号資産交換業者の破綻時に資産の国外流出を防ぐための資産の国内保有命令や暗号資産の売買等の媒介のみを行う新たな仲介業の創設等を内容とする改正資金決済法案が2025年3月7日に国会に提出され、同年6月6日に成立、同月13日に公布されています。
- 犯収法2条2項31号において暗号資産交換業者を「特定事業者」として取り扱うこととされています。
- 暗号資産の証拠金取引による所得が総合課税の対象になる点につき、2020年12月18日「暗号資産に関する税務上の取扱いについて(情報)」別添「暗号資産に関する税務上の取扱いについて(FAQ)」29頁
- この点については、暗号資産に関する規制は既に一定の整備がなされており、引き続き、暗号資産交換業者における業務の健全かつ適正な運営が確保されるよう、実務面での取組みが期待されるとしています。
- 特に類型①の暗号資産については、金商法上のセキュリティトークンに関する規制とのバランスを考慮することが必要であるほか、当該暗号資産の設計変更等により、ブロックチェーン・ネットワークに係る権限等の分散化が進展することも想定され、暗号資産の性質が類型①から類型②へ移行することがあり得ることも念頭において整理を行う必要があるとされています。
- いわゆるステーブルコイン(デジタルマネー類似型)は、法定通貨の価値と連動した価格で発行され、発行価格と同額で償還を約するもの(及びこれに準ずるもの)であり、広く送金・決済手段として用いられる可能性がある一方、投資対象として取引されることは現時点において想定しにくいため、規制見直しの対象とする必要性は乏しいとされています。
- いわゆるインカムゲイン(収益分配等)が生じ得ない点には留意が必要とされています。
- 無登録で暗号資産交換業を行った場合、一定の刑罰が科されることとされています(資金決済法107条12号)。
- 利用者が自身で暗号資産の保有や移転に必要な秘密鍵を管理し、暗号資産交換業者等の第三者にその管理がゆだねられていないウォレット。