Environmental Law Newsletter
目次
Ⅰ. はじめに
環境省は、令和7年6月6日、令和7年版環境白書・循環型区社会白書・生物多様性白書を公表しました。環境白書は環境基本法12条、循環型社会白書は循環型社会形成推進法14条、生物多様性白書は生物多様性基本法10条に基づき作成され、国会へ年次報告書として提出されます。環境白書は、最新の環境問題の全体像を示すものであり、環境に対する企業責任やビジネスリスクを把握する観点で、企業活動にとっても有益かつ重要な内容となっています。
今回の総説のテーマは、「『新たな成長』を導く持続可能な生産と消費を実現するグリーンな経済システムの構築」です。第1部(総説)及び第2部(各分野の施策)から構成されており、第1部は、①「市場」~環境とビジネス~、②「政府」~循環経済・自然再興・炭素中立の統合に向けた取組~、③「国民」~地域・暮らしでの環境・経済・社会の統合的向上の実践・実装~、④東日本大震災・能登半島地震からの復興・創生の各章で構成されています。
以下では、第1部を概観しつつ、重要なトピックを紹介します。
Ⅱ. 「市場」~環境とビジネス~
2024年5月に閣議決定された第六次環境基本計画では、「循環共生型社会」の構築を目指し、現在のみならず、将来にわたって「ウェルビーイング/高い生活の質」をもたらす「新たな成長」の実現を目指すこととされています。第1章第1部では、今般の環境問題や気象災害による影響等も踏まえて、こうした「新たな成長」を導く経済活動に関する取組が紹介されています。
1. 世界・我が国の環境問題と経済的影響
世界気象機関(WMO)によれば、2024年が観測史上最も暑い年となり、世界の平均気温が工業化前と比べて1.5℃以上上昇した初めての年となりました1。世界的に、洪水・暴風雨・干害・熱波等の異常気象が発生しています。
また、様々な生態系における気候変動の影響がみられ、生物多様性の損失も引き続き進行していることが指摘されています。生物多様性の損失は、自然資本の劣化とともに、社会経済的なリスクであると認識されてきましたが、2025年1月に世界経済フォーラム(WEF)が発表した「グローバルリスク報告書2025」2でも、向こう10年間で世界のGDPや人口、天然資源に甚大な影響を及ぼし得るリスクとして、生物多様性の損失及び生態系の崩壊が、異常気象に次いで第2位に位置付けられています。
2. 地球温暖化対策の目指す方向
(1)地球温暖化対策計画の改定
2025年2月18日、2030年から先の温室効果ガス削減目標及びその目標実現に向けた対策・施策を含む新たな「地球温暖化対策計画」が閣議決定されました。この計画は、合同審議会における議論やパブリックコメントの結果も踏まえたものであり、世界全体での1.5℃目標と整合的で、2050年ネット・ゼロの実現に向けた直線的な経路にある野心的な目標として、2035年度、2040年度に、温室効果ガスを2013年度からそれぞれ60%、73%削減することを目指すこととされています。
国際的には、2025年1月に米国がパリ協定からの脱退を表明し(実際の離脱日は2026年1月27日の見込み)、その影響が論じられていますが、我が国としては、地球温暖化対策計画等に基づき、国際情勢も踏まえながら2050年ネット・ゼロの実現に向けた取組を着実に進めていくと説明されています。
(2)GXの実現に向けて
日本では、2050年カーボンニュートラル達成等の国際公約達成と産業競争力強化・経済成長の同時実現に向けて、今後10年間で150兆円を超える官民のGX投資が必要であるとされています。こうした巨額のGX投資を官民協調で実現するため、「成長志向型カーボンプライシング構想」(「カーボンプライシング」と「投資促進策」を効果的に組み合わせる構想)の下、①「脱炭素経済構造移行債(GX経済移行債)」等を活用した20兆円規模の大胆な先行投資支援(規制・支援一体型投資促進策等)の実施、②カーボンプライシング(排出量取引制度・化石燃料賦課金)によるGX投資先行インセンティブ及び③新たな金融手法の活用の3つの措置を講ずることとされています。
このうち①GX経済移行債は、「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律(GX推進法)」に基づくものです。2024年2月には、GX経済移行債の個別銘柄であるクライメート・トランジション利付国債の初回入札が行われ、2025年2月までに計3.0兆円が調達され、GX推進対策費の各事業に充当されました。
2025年2月には、排出量取引制度の詳細設計や化石燃料賦課金の基本的考え等を盛り込んだ「GX2040ビジョン」を基に、GX推進法改正案が閣議決定されました。
3. 持続可能な社会に向けたグリーンな消費
(1)サステナブルファイナンス(ESG金融)の発展
環境省では、ESG金融又は環境・社会事業に積極的に取り組み、インパクトを与えた機関投資家・金融機関・企業等を表彰する制度として、2019年度より「ESGファイナンス・アワード・ジャパン」を開催していることが紹介されています。
また、世界の市場では、気候変動分野を中心に、「グリーンウォッシュ」への対応など品質確保の観点が問題となっており、日本のサステナブルファイナンス市場を更に健全かつ適切に拡大していく観点から、環境省により「グリーンファイナンスに関する検討会」において2024年11月に「グリーンボンド及びサステナビリティ・リンク・ボンドガイドライン2024年版」、「グリーンローン及びサステナビリティ・リンク・ローンガイドライン2024年版」3が策定されました。同ガイドラインでは、2022年版以降の国際原則の改訂の反映に加えて、国内市場の現状を踏まえ、特にサステナビリティ・リンク・ローンに係る留意点が記載されています。
(2)企業の脱炭素経営や環境情報開示
近年、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)、さらにはISSB(国際サステナビリティ基準審議会)によるサステナビリティ開示基準の公表等により、企業は金融機関や投資家から、気候・自然関連のリスクと機会、その対応について情報開示の拡大が求められるようになっています。SSBJにおいては、2023年6月に最終化された国際基準(ISSB基準)を踏まえ、日本における具体的なサステナビリティ開示基準(SSBJ基準)が2025年3月に最終化されました4。
また、2025年2月、「カーボンフットプリント表示ガイド」5が公表されました。カーボンフットプリント(CFP)とは、製品・サービスのライフサイクル(原材料調達、生産、流通・販売、使用・維持管理、廃棄・リサイクル)全体を通じた温室効果ガス排出量をCO2排出量として換算した値のことです。CFPの算定を行うことで、企業は自社のサプライチェーンにおける排出量削減に向けた施策検討及び製品のブランディングに活用することができる旨も指摘されており、事業活動の参考となるものといえます。
Ⅲ. 「政府」~循環経済・自然再興・炭素中立の統合に向けた取組~
第1部第2章では、国際的な動向を慨観した上で、循環経済(サーキュラーエコノミー)・自然再興(ネイチャーポジティブ)・炭素中立(ネット・ゼロ)の各分野における取組についてそれぞれ紹介されています。昨年度版からアップデートのある個所を中心にご紹介します。
1. 国際的な動向
2024年11月、アゼルバイジャン共和国・バクーにて、COP29が開催されました。COP29では、気候資金に関する新規合同数値目標(NCQG)やパリ協定6条、適応・ロス&ダメージ、緩和・GST、ジェンダーと気候変動などにつき成果が見られました。特に、NCQGについては、「2035年までに少なくとも年間3,000億ドル」の途上国支援目標が決定され、また、全てのアクターに対し、全ての公的及び民間の資金源からの途上国向けの気候行動に対する資金を2035年までに年間1.3兆ドル以上に拡大するため共に行動することを求める旨が決定されました。2025年11月には、ブラジル・ベレンでCOP30の開催が予定されており、COP29以降の議論の進展が期待されます。
2. 循環経済(サーキュラーエコノミー)
2024年8月、循環型社会の形成に向けた政府全体の施策を取りまとめた国家戦略として、第五次循環型社会形成推進基本計画が策定されました6。同計画では、事業者間連携によるライフサイクル全体での徹底的な資源循環、多種多様な地域の循環システムと地方創生の実現、適正な国際資源循環体制の構築と循環産業の海外展開の推進がポイントとされています。また、2024年末の循環経済に関する関係閣僚会議では「循環経済(サーキュラーエコノミー)への移行加速化パッケージ」7が取りまとめられました。
また、2024年5月、「資源循環の促進のための再資源化事業等の高度化に関する法律」が制定され、2025年秋に本格施行される予定です8。同法律は、脱炭素化と再生材の質と量の確保等の資源循環の取組を一体的に促進するために、基本方針の策定、廃棄物処分業者の判断の基準となるべき事項の策定、再資源化事業等の高度化に係る認定制度の創設等の措置を講ずることとしています。今後、先進的な資源循環の取組を行う廃棄物処分業者を後押ししていくとともに、産業全体での再資源化の取組を促進していくこととされています。
3. 自然再興(ネイチャーポジティブ)
「ネイチャーポジティブ:自然再興」とは、「自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を止め、反転させる」ことです。
昨年度版からのアップデートとして、我が国では、2024年8月時点で、陸地の約20.8%、海洋の約13.3%が国立公園等の保護地域及びOECM(Other Effective area-based Conservation Measures、保護地域以外で生物多様性の保全に資する地域)に指定等されました。2030年までに陸と海の30%以上を健全な生態系として保全しようとする「30by30目標」の達成に向けて、更なるOECMの設定・管理が求められるところです。
また、2025年4月、生物多様性の回復や創出を目的として、企業等の活動を更に促進するため、自然共生サイト認定制度を法制化した、「地域における生物の多様性の増進のための活動の促進等に関する法律」9が施行されました。
4. 炭素中立(ネット・ゼロ)
2025年4月、地域共生型再エネの導入促進に向けて、都道府県の関与強化による地域脱炭素化促進事業制度の拡充を含む「地球温暖化対策の推進に関する法律」(地球温暖化対策推進法)が改正されました。2025年3月末時点で全国56か所の市町村で促進区域が設定されるとともに、環境保全と地域経済への発展等を考慮した地域脱炭素化促進事業計画の認定も始まるなど、広がりを見せつつあります。
2025年4月から、「建築物のエネルギー消費性能の向上等に関する法律」(建築物省エネ法)の改正に基づき、原則としてすべての住宅・建築物について省エネ基準適合が求められるようになったことも重要です。
二国間クレジット制度(JCM)については、2025年4月1日に地球温暖化対策推進法に基づく指定実施機関「日本政府指定JCM実施機構」が発足しました。今後、「パリ協定6条実施パートナーシップ」(2025年1月末時点、86か国、200以上の機関が参加)による各国の実施体制の構築支援等も踏まえ、世界各国でJCMを含む市場メカニズムの活用と炭素市場がますます拡大していくことが予想されます。
Ⅳ. 「国民」~地域・暮らしでの環境・経済・社会の統合的向上の実践・実装~
第1部第3章では、地域循環共生圏の考え方を踏まえつつ、コミュニティの基盤である地域やそこに住む人々の暮らしについて、環境をきっかけとして豊かさやウェルビーイングにもつなげる取組が紹介されています。
1. 地域循環共生圏
地域循環共生圏は、地域資源を持続的に活用して環境・経済・社会を統合的に良くしていく事業(ローカルSDGs事業)を生み出し続けることで地域課題を解決し続ける「自立した地域」を作るとともに、それぞれの地域の個性を活かして地域同士が支えあうネットワークを形成する「自立・分散型社会」を示す考え方であり、「ローカルSDGs」とも呼ばれています。上記Ⅱ.で述べた「新たな成長」の実践・実装の場として、地域循環共生圏を更に発展させていくことが重要であると指摘されています。
2. ライフスタイルの転換
生活者の住まいからの温室効果ガス排出量は、日本全体の排出量の18%を占め、2050年ネット・ゼロを目指すうえで、生活者の住まい、中でもエネルギーの利用の見直しが必要であると指摘されています。そして、①経済産業省、国土交通省及び環境省の3省連携による住宅の省エネリフォーム等への支援強化、②省エネライフキャンペーン、③脱炭素電力への切換え等が紹介されています。
他にも、衣食住それぞれの観点から、ライフスタイルの見直しのための取組が紹介されており、一般消費者のライフスタイルと関わりの強い事業を行う事業者においては、特に参考になるものと考えられます。
3. 人の命と環境を守る取組について
(1)熱中症対策
2024年の夏は引き続き全国的に気温が高い日が多く、熱中症の死亡者数や救急搬送人員も多かったこともあり、我が国における熱中症対策は喫緊の課題となっています。2024年4月に施行された改正気候変動適応法等に基づき、環境省では、熱中症特別警戒アラートや熱中症警戒アラートの運用、暑さ指数情報等の提供、市町村が指定する指定暑熱避難施設(クーリングシェルター)の増加に向けた支援、熱中症予防に関する各種の普及・啓発等が行われています。
(2)PFAS等の化学物質対策
近年、PFAS等の化学物質に対する規制についての注目度が高まっています。2024年6月に内閣府食品安全委員会がまとめた「有機フッ素化合物(PFAS)に関する食品健康影響評価」10等を踏まえて、環境省では、水質の目標値等の取扱いについて検討が進められています。
また、2024年5月から9月にかけて、国土交通省と環境省の協同で、水道におけるPFOS及びPFOAに関する全国調査が実施され、全国の水道における検出状況等を把握するとともに、11月及び12月にはとりまとめ結果が公表されました11。化学物質に関連する事業を行う皆様におかれては、今後の規制の動向にも留意が必要です。
Ⅴ. 東日本大震災・能登半島地震からの復興・創生
第1部第4章では、東日本大震災・能登半島地震からの復興に係る取組が紹介されています。
1. 東日本大震災からの復興に係る取組
具体的には、以下の取組が実施されています。
- 帰還困難区域の復興・再生に向け、特定復興再生拠点区域における除染が概ね完了(2024年12月末時点)。また、家屋等の解体の進捗率も(申請受付件数比)約89%を達成(2024年12月末時点)。
- 2025年3月、福島県内除去土壌等の最終処分に向け、放射性物質汚染対処特措法施行規則の一部を改正して12除去土壌の埋立処分基準が策定されるとともに、福島県外における除染により発生した除去土壌の埋立処分に係るガイドライン13が公表。また、除去土壌の再生利用等による最終処分量の低減方策、風評影響対策等の施策について、福島県内除去土壌等の県外最終処分の実現に向けた再生利用等推進会議が設置され、第1回が2024年12月に開催。
- 2025年3月、復興の新たなステージに向けた「福島、その先の環境へ。」シンポジウム実施。
- ALPS処理水の海洋放出に関し、客観性・透明性・信頼性を最大限高めた海域モニタリングを行い、結果を国内外へ広く発信。
- 2021年7月から放射線健康影響に係る差別・偏見を払拭する取組「ぐぐるプロジェクト」を推進。
2. 能登半島地震からの復興に係る取組
具体的には、以下の取組が実施されています。
- 「公費解体・撤去マニュアル」14の策定・改定や環境省・法務省連名の事務連絡等の発出により、公費解体、災害廃棄物への対応を推進。
- ペットを飼養する被災者の救護・支援のため、避難所等での対策、被災ペットの一時預かり、仮設住宅での対策の3つを中心に対応。
- 創造的復興に向け、2024年6月に公表された「石川県創造的復興プラン」15に掲げる「トキが舞う能登の実現」をはじめとするプロジェクトを推進。
Ⅵ. おわりに
本稿では、令和7年版環境白書の概要をご紹介し、環境問題をめぐる最近の動向の全体像を概観しました。紙幅の関係もあり、本稿で取り上げた具体的な施策はあくまで実際に行われている施策の一部に過ぎませんが、今日においては、企業や金融機関等において、最新の知見に基づいた環境問題に対する積極的な態度や柔軟な対応力が求められますので、関連する広範な規制や施策について継続的にフォローしていただく必要があると考えられます。
脚注
- https://wmo.int/media/news/wmo-confirms-2024-warmest-year-record-about-155degc-above-pre-industrial-level
- https://jp.weforum.org/press/2025/01/global-risks-report-2025-conflict-environment-and-disinformation-top-threats-0c7718806f/
- https://www.env.go.jp/content/000264120.pdf
- https://www.ssb-j.jp/jp/ssbj_standards/2025-0305.html
- https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/files/guide/CFP_hyoji_guide.pdf
- https://www.env.go.jp/content/000242999.pdf
- https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/economiccirculation/pdf/honbun.pdf
- https://laws.e-gov.go.jp/law/506AC0000000041/20251128_000000000000000
- 概要については、https://www.env.go.jp/content/000273095.pdfで取り上げられています。
- https://www.fsc.go.jp/osirase/pfas_health_assessment.html
- https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/watersupply/content/001853858.pdf、https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/watersupply/mizukokudo_watersupply_tk_000001_00045.html
- https://www.env.go.jp/content/000302802.pdf
- https://www.env.go.jp/content/000302608.pdf
- https://policies.env.go.jp/recycle/disaster_waste/archive/r06_shinsai/efforts/pdf/r06_shinsai_info_240605_02.pdf
- https://www.pref.ishikawa.lg.jp/fukkyuufukkou/souzoutekifukkousuishin/documents/souzoutekifukkouplan_1_070425_1.pdf