(山下 泰周)
目次
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文化芸術に関する最近の動向(~2025年5月28日)
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1. フリーランス新法違反でアニメ制作会社など45社に行政指導 【労働法、エンタテインメント】〔山下 泰周〕
2. トランプ大統領が米国以外で作られた映画に100%の関税を課すと表明 【映画・テレビ、メディア、通商】〔一井 梨緒〕
3. AI法の成立その他AI関連施策の動向 【AI、不正競争防止法】〔佐藤 真澄〕
Mori Hamada Culture & Arts Journalでは、今月も、文化芸術活動に関連する様々なニュース、裁判例、コラム等を皆さまのもとにお届けします。文化芸術活動に関心や接点を有する皆さまの気付きやアイデアの端緒・きっかけとなれば幸いに存じます。
Ⅰ. Monthly Topics
Date | Culture & Arts Topics |
3.11 | サプライチェーン全体で適切な価格転嫁を定着させる「構造的な価格転嫁」の実現を図っていくための「下請代金支払遅延等防止法及び下請中小企業振興法の一部を改正する法律案」が、閣議決定された。 |
3.28 | 公正取引委員会は、特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律違反で、フリーランスとの取引が多いアニメーション制作やゲームソフトウェア、リラクセーション、フィットネスクラブの4業種45社に対して行政指導を行った。 → Lawyer’s Pick 1. 「フリーランス新法違反でアニメ制作会社など45社に行政指導」 |
4.23 | 結果的に他人の作品に類似している」という理由だけで公益財団法人「日本美術院」から1年間の出品停止処分などを受けた画家が、550万円の損害賠償などを求めた訴訟で東京地裁は原告側の訴えを認め、日本美術院に220万円の賠償命令を出した。 |
5.4 | 米国のトランプ大統領は、自らのSNSにおいて、米国の映画産業が「急速に死に至りつつある」として、外国で制作されて米国に輸入される映画に対して100%の関税を課すための手続を米国商務省及び米国通商代表部に指示したことを明らかにした。 → Lawyer’s Pick 2. 「トランプ大統領が米国以外で作られた映画に100%の関税を課すと表明」 |
5.8 | フリーランスを労働災害の保護対象として加える改正労働安全衛生法が衆院本会議で可決・成立した。仕事の発注者に業務で起きた死亡やけがなどを労働基準監督署に報告するよう義務付ける。高齢労働者の労災対策も強化する。 |
5.10 | 経済産業省は生成人工知能(AI)による声優や俳優の声の無断利用に関し、不正競争防止法違反の恐れが生じる事例を示した。本人の承諾を得ずにAIに学習させた声で、持ち歌でない曲を歌わせて動画サイトに投稿する行為などを挙げた。 |
5.28 | AIに関する新しい法律、「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律案」(AI法)が参議院本会議で可決され、成立した。 → Lawyer’s Pick 3. 「AI法の成立その他AI関連施策の動向」 |
Ⅱ. Lawyer’s Pick
1. フリーランス新法違反でアニメ制作会社など45社に行政指導
2025年3月28日、公正取引委員会は、特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(以下「フリーランス新法」と言います。)違反で、フリーランスとの取引が多いアニメーション制作やゲームソフトウェア、リラクセーション、フィットネスクラブの4業種45社に対して行政指導を行いました。このうち、フリーランス新法上の取引条件の明示義務(同法3条)違反が24社、期日における報酬支払義務(同法4条)違反の疑いが6社、いずれのケースにも該当したのが15社とのことです。
フリーランス新法は、近年の働き方の多様化に伴い、需要が増加したフリーランスに係る取引の適正化、就業環境の整備を図ることを目的として整備されました。上記行政指導があった違反事例のうち、取引条件の明示義務について、フリーランス新法は、業務委託事業者に対して、当該業務委託事業者が特定受託事業者1(以下「フリーランス」と言います。)に対し業務委託をした場合に、当該フリーランスとの取引条件に関する一定の事項2を書面又は電磁的方法により明示することを義務付けています(同法3条)。フリーランス新法における「業務委託事業者」とは、フリーランスに業務委託する全ての事業者を指し、本条により、広くフリーランスに対して業務を委託する事業者(当該事業者自身がフリーランスである場合も含みます。)に取引条件の明示義務を負うこととなります。
また、期日における報酬支払義務については、業務委託事業者のうち特定業務委託事業者3に対して、フリーランスから給付を受領または役務の提供を受けた日から60日以内のできる限り短い期間内で報酬の支払期日を定め、当該支払期日までに報酬を支払うことを義務付けています(同法4条)。特定業務委託事業者にはフリーランス自身は該当しないものの、その定義は緩やかであり、フリーランスに対して業務を委託する企業の多くが期日における報酬支払義務を負うこととなります。
上記のとおり、フリーランス新法における取引条件の明示義務や、期日における報酬支払義務については、フリーランスに対して業務を委託する多くの事業者又は企業がその対象となり、これらの義務への遵守体制が整備される必要があるにもかかわらず、上記行政指導においては、フリーランス新法が施行されたことに伴う対応の必要性を認識していたにもかかわらず十分な対応ができていなかった事業者が多かったと指摘されています。特に、上記行政指導の対象となったアニメーション制作やゲームソフトウェア、リラクセーション、フィットネスクラブの4業種のほか、フリーランスとの取引が多いエンタテインメント業界を始めとした芸能・芸術分野に関わる事業者においても、同様の違反実態がないかは留意をする必要があります。
2. トランプ大統領が米国以外で作られた映画に100%の関税を課すと表明
米国のトランプ大統領は、2025年5月4日、自らのSNSにおいて、米国の映画産業が「急速に死に至りつつある」として、外国で制作されて米国に輸入される映画に対して100%の関税を課すための手続を米国商務省及び米国通商代表部に指示したことを明らかにしました4。
トランプ大統領は、その背景として、他の国々が米国の映画製作者やスタジオを誘致するために様々な優遇措置をとっており、ハリウッドをはじめとした米国の地域が壊滅的な打撃を受けているとしています。もっとも、トランプ大統領は関税措置の詳細については言及しておらず、その内容は明らかになっていません。
トランプ大統領のこの投稿を受けて、ハワード・ルトニック商務長官は、自らのSNSで「我々は(それに)対応している」との投稿をしている5一方、ホワイトハウス報道官のクッシュ・デサイ氏は「まだ最終決定は行われていない」と述べる6等、政権内でも混乱が見られます。
米国における映画製作は、COVID-19のパンデミック、2023年のハリウッドの俳優労働組合によるストライキ7やロサンゼルスの山火事8に影響を受けて退行気味であるという指摘がある一方で、153億ドルもの貿易黒字となっているとのデータもあり9、かかる発表がかえって米国国内における映画製作に負の影響を及ぼさないか懸念されています。
また、トランプ大統領は、大統領就任前の2025年1月16日に、俳優のジョン・ヴォイト氏、メル・ギブソン氏、シルヴェスター・スタローン氏の3人を特別親善大使に任命しています。トランプ大統領は、特別親善大使の任命にあたり、自身のSNSで、ハリウッドは「素晴らしいがたくさんの問題を抱えた場所」であると指摘した上で、上記関税措置はこの4年間で失われた多くのビジネスをハリウッドに取り戻すことを目的としているとしています10。さらに、2025年5月には、米国の子供向け番組である「セサミストリート」を放映する米公共放送チャンネルPBSへの連邦政府資金の提供を取りやめるなど、トランプ大統領は映画業界をはじめとしたエンタメ業界への介入を強めています。
トランプ大統領は2025年1月に大統領に就任して以降、関税政策を交渉材料とみなし、世界各国に対して様々な関税政策を打ち出していますが、4月2日以降段階的に125%まで引き上げた中国への相互関税率を5月12日にはあっさり廃止するなど、状況は安定しません。トランプ大統領就任以降、関税をめぐって世界的な混乱が生じていますが、世界大国である米国の動向は映画業界のみならず世界中の映画ファンにも影響を与え得るため、トランプ大統領及びホワイトハウスの動向に注目が集まっています。
(一井 梨緒)
3. AI法の成立その他AI関連施策の動向
2025年5月28日、AIに関する新しい法律、「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律案」(AI法)が参議院本会議で可決され、成立しました。日本では、これまでAIの利用を包括的に規制する法律はなく、法的拘束力を持たないガイドライン(例えば、AI事業者ガイドライン)などによる、いわゆるソフトローアプローチが採られてきました。
今般成立したAI法は、日本で初めてAIを包括的に対象とする法律であり、「世界のモデルとなる制度を構築」し、日本を「最もAIを開発・活用しやすい国」とするため、AIのリスクに対応しつつ、イノベーションの促進を図るため、基本理念を示し(AI法3条)、また国や地方公共団体に対し当該基本理念に沿った関連施策の実施を責務として定めています(AI法4項及び5条)。
また、AI法では、AIの活用事業者の責務として、基本理念にのっとり、自ら積極的な人工知能関連技術の活用により事業活動の効率化及び高度化並びに新産業の創出に努めるとともに、同法4条及び5条に基づき国や地方公共団体が実施する施策への協力を定めています(AI法7条)。同法では、AI法に違反した場合の罰則は定められていませんが、国は「国内外の人工知能関連技術の研究開発及び活用の動向に関する情報の収集、不正な目的又は不適切な方法による人工知能関連技術の研究開発又は活用に伴って国民の権利利益の侵害が生じた事案の分析及びそれに基づく対策の検討その他の人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に資する調査及び研究」を行うことができ、その結果に基づき、活用事業者等に対し、「指導、助言、情報の提供その他の必要な措置を講ずる」こととされています(AI法16条)。
今後、AI法に基づいて、内閣に人工知能戦略本部が設置され、人工知能基本計画が策定されることとなるところ、日本におけるAI制度の根幹や基本方針として重要な位置づけになるといえ、その動向を注視する必要があります。
また、日本におけるAI関連の施策としては、上記AI法の成立のほか、2025年5月10日までに、経済産業省が、生成AIによる声優や俳優の声の無断利用に関し、不正競争防止法違反の恐れが生じる事例を示したことが注目されます。これまでも、政府は声の保護について、「AI時代の知的財産権検討会 中間とりまとめ」(2024年5月)において、パブリシティ権による保護の可能性や一定の要件を満たす場合に不正競争防止法による保護の対象になり得るとの見解を示していましたが11、今般、「肖像と声のパブリシティ価値に係る現行の不正競争防止法における考え方の整理について」を公表し、不正競争防止法に違反する恐れのある事例を具体的に示したことで、生成AIによる声の無断利用に関し、警鐘を鳴らしたといえます。
上記考え方の整理では、例えば、声が周知である人物と同一の声を出力することができる生成AIを用いて、本人の許諾なく当該生成AIに当該人物の持ち歌ではない曲を歌わせ、それを動画投稿プラットフォームに投稿する行為が、不正競争防止法2条1項1号に該当し得る事例として挙げられています。
今回、法令に抵触する恐れのある行為が一定程度明確にされたことで、クリエイターや声優・俳優等の権利の保護が進み、我が国のエンタテインメント業界の更なる発展につながることが期待されます。
(佐藤 真澄)
【編集後記】
✧ 今回Lawyer’s Pick1で取り上げたフリーランス新法に係る行政指導については、2024年11月に同法が施行されて以降、初めての行政指導となり、その指導対象は、アニメーション業界やゲームソフトウェア業界など、エンタテインメントや芸術分野と関連する業界の事業者が多くみられました。また、Lawyer’s Pick3においても取り上げたとおり、声優や俳優の声の無断利用に関し不正競争防止法違反となり得る事例が政府によって示される等、AIとの関連でもクリエイターの権利保護が進められる傾向にあります。Lawyer’s Pick2において取り上げたトランプ大統領による関税政策による映画業界への影響も含め、大きく変動する現代社会の情勢の下では、エンタテインメントや芸術分野に関わる業界やそれを支えるクリエイター、フリーランスの権利の保護の必要性がますます注目されているところです。
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- 「特定受託事業者」とは、(i)個人であって、従業員を使用しないもの、又は、(ii)法人であって、一の代表者以外に他の役員がなく、かつ、従業員を使用しないものを指します(同法2条1項)。
- ①業務委託事業者及び特定受託事業者の名称、②業務委託をした日、③特定受託事業者の給付の内容、④給付を受領または役務の提供を受ける期日、⑤給付を受領または役務の提供を受ける場所、⑥給付の内容について検査する場合は、検査を完了する期日、⑦報酬の額及び支払期日、⑧現金以外の方法で報酬を支払う場合は、支払方法に関すること等が該当します。
- 「特定業務委託事業者」とは、(i)個人であって、従業員を使用しているもの、又は、(ii)法人であって、二以上の役員があり、又は従業員を使用するものを指します(同法2条6項)。
- https://truthsocial.com/@realDonaldTrump/posts/114452117143235155
- https://x.com/howardlutnick/status/1919179324910944354
- Hollywood Reporter「White House Says “No Final Decisions” Have Been Made on Movie Tariffs, Still “Exploring All Options”」(2025年5月5日)
- BCC NEWS JAPAN「米国の俳優労組がストライキ、過去43年で最大規模 映画イベントなどに影響も」(2023年7月14日)
- NHK「ロサンゼルス近郊の山火事 規模拡大 5人死亡 1100超の建物焼失」(2025年1月9日)
- AP NEWS「Trump has threatened a 100% tariff on movies made outside the US. Here’s what we know」(2025年5月6日)
- NHK「トランプ氏 スタローンさんら3俳優を『ハリウッド特別大使』に」(2025年1月17日)
- AI時代の知的財産権検討会「AI時代の知的財産権検討会 中間とりまとめ」(2024年5月)55~57頁参照
執筆者
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- 受賞The Best Lawyers in Japan™ 及びBest Lawyers: Ones to Watch in Japan™ (2025 edition)にて高い評価を得ました竹野 康造野間 裕亘池田 綾子大木 健輔