Ⅰ. はじめに
政府は、2025年3月4日、「円滑な事業再生を図るための事業者の金融機関等に対する債務の調整の手続等に関する法律案」を閣議決定し、第217回国会に提出して、同年6月6日に法律として成立いたしました(以下「早期事業再生法」といいます。)。早期事業再生法は2026年中に(その公布の日から起算して1年6か月以内に)施行されます(附則1条本文)。
早期事業再生法の基本コンセプトである、金融債権者を対象とした多数決に関する議論は、2015年3月に公益社団法人商事法務研究会が公表した「事業再生に関する紛争解決手続の更なる円滑化に関する検討会 報告書」において検討課題として提言されていました。
その後、新型コロナウィルス禍後の企業の事業再構築を容易にするための法制度の検討として、2022年、内閣官房新しい資本主義実現本部事務局の「新たな事業再構築のための私的整理法制検討分科会」が開催されました。また、その後、経済産業省の「産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 事業再構築小委員会」において、有識者や関係者との議論が重ねられ、今般、新たな事業再生のための法律として立法化されるに至ったものです。
早期事業再生法は、経済産業大臣の指定を受けた公正な第三者の関与の下で、金融機関等である債権者の多数決及び裁判所の認可により、金融債務に限定して、事業者の債務の権利関係の調整を行うことができる手続を整備するもので、裁判所による従来の民事再生や会社更生とは異なり、裁判所の限定的な関与の下での債権者の多数決による権利変更が可能となる革新的な法律です。
Ⅱ. 早期事業再生法の概要
1. 利用対象者
早期事業再生法は、その目的として、「早期での円滑な事業再生を促すことにより、当該事業者がその事業の価値の毀損並びに技術及び人材の散逸の回避を図った上で経営資源を有効に活用してその事業活動を活性化できるようにすることが重要であること」を掲げています(1条)。すなわち、経済的な窮境状態に至る前の段階での利用を促し、リストラクチャリングを可能とする趣旨と解されます。
そのため、利用対象者は、「経済的に窮境に陥るおそれのある事業者」(3条1項)とされています。
なお、事業規模等による限定はされていません。
2. 権利変更の対象となる債権・債権者
早期事業再生法の最大の特徴であり、事業者と債権者の双方にとってのメリットとして、債務整理の交渉対象となる債権者が金融機関等に限定されていることが挙げられます。
事業再生の実務において、債務整理の交渉相手を金融機関等に限定する私的整理には、手続の機密性が保たれるうえ1 、租税債権、取引債権、労働債権等については、従前の約定どおりの弁済が可能であるため、取引先の信用不安を回避でき、事業価値を維持できるメリットがあります。
早期事業再生法も、かかる私的整理のメリットを損なわないように権利変更の対象とする債権が法令上定められています。条文上は、「金融機関等」が有する指定確認調査機関の確認(下記3.参照)前の原因に基づいて生じた「貸付債権その他信用の供与に基づく債権として経済産業省令で定めるもの」と利息・遅延損害金とされ(2条3項)、対象債権者となる「金融機関等」は法令により限定的に列挙されています(2条1項)。
なお、対象債権については、今後制定される施行規則等で個別具体的に特定されると考えられますが、典型的な金銭消費貸借契約に基づく貸付債権のほかにどこまでの範囲が含まれるのかについては、今後の議論を注視していく必要があります。
3. 指定確認調査機関による手続の監督等
早期事業再生法では、多数決による決議までの一連の手続が公正中立に遂行されることを担保するため、事業再生の専門的知識・実務経験を有する者を事案ごとに選任できる等の要件を満たす者として経済産業大臣が指定する「指定確認調査機関」(46条1項、3条1項)が、手続の監督等を担うとされています。
事業者は、指定確認調査機関に対して、早期事業再生法が定める法定の手続の利用を申請します。この際、事業者は、法令上必要とされる事項を記載した権利変更概要書と貸付債権等一覧表等の必要資料を提出して、事業者の債務調整の必要性、対象債権の該当性、対象債権者集会での可決の見込み、清算価値保障原則の充足の見込み、倒産処理手続の利用がないことといった法定の事項の確認を受けて、手続が始まります(3条1項各号)。
指定確認調査機関は、確認後、速やかに、全ての対象債権者に対して、所定の期間、対象債権の回収等をしないことを要請(以下「一時停止要請」といいます。)しなければならないとされ(6条1項)、一時停止要請の通知があった後、事業者は一時停止の期間中、対象債権に係る債務の弁済が禁止されます(6条2項)。
その後、指定確認調査機関は、確認を受けた事業者から原則6か月以内に作成する「早期事業再生計画」と対象債権者集会において決議する権利変更議案の提出を受け、権利変更議案の適法性、履行可能性、清算価値保障原則を満たしていること等の要件適合性を調査して、その調査結果を記載した書面(以下「調査報告書」といいます。)を作成します。
調査報告書は対象債権者集会の招集通知の際に対象債権者に対して交付された上で(17条1項)、後続の裁判所認可の申立ての際に裁判所に提出されます(26条1項)。
4. 対象債権者集会
早期事業再生法では、対象債権者の権利の変更について、保全部分を除いて、多数決によって権利変更を決議することが可能とされています(11条)。
対象債権者集会における権利変更議案の可決要件は、以下のとおりです(20条1項)
① | 議決権者の議決権の総額の4分の3以上の議決権を有する者の同意 |
② | 1名の議決権者が議決権者の議決権の総額の4分の3以上の議決権を有する場合において権利変更議案を可決するには、上記①の同意のほか、出席した議決権者の過半数の同意 |
権利変更議案につき、議決権者の全ての同意を得たときは、全ての対象債権者の同意の効力として、権利変更がされることになるため、裁判所の判断を経ずに権利変更の効力が発生します(29条)。
なお、権利変更議案では、対象債権の非保全部分のみ権利変更が可能なため、実務としては、金融機関等が対象会社の資産につき担保を取得している場合が多いことから、担保権により保全されている対象債権を有している金融機関等との調整も同時並行的に必要になると考えられます。
5. 裁判所の関与
早期事業再生法では、手続の進行中、必要に応じて、強制執行等の中止命令(7条)、担保権の実行手続の中止命令(8条)の発令の場面で裁判所が関与することがあります。
また、対象債権者集会で多数決によって権利変更議案を決議した場合は、以下の不認可事由に該当する場合を除いて、裁判所の認可決定により権利変更の効力が生じます(27条以下)。
① | 対象債権者集会手続又は権利変更決議の内容が法令の規定に違反し、かつ、その不備を補正することができないものであるとき。但し、対象債権者集会手続が法令の規定に違反する場合において、当該違反の程度が軽微であるときは、この限りでない。 |
② | 権利変更後の債務が履行される見込みがないことが明らかであるとき。 |
③ | 権利変更決議が不正の方法によって成立するに至ったとき。 |
④ | 権利変更決議の内容が対象債権者の一般の利益に反するとき。 |
認可又は不認可の決定に対しては、事業者又は対象債権者に限り、即時抗告をすることができるとされています(27条6項)。
なお、上記の中止命令等の発令が必要とならず、権利変更議案に議決権者の全ての同意を得られた事案であれば、確認申請の当初から決議の成立まで裁判所が一切関与しないことになります。
Ⅲ. 結び
早期事業再生法の成立により、今後、手続の利用が活性化していけば、私的整理の成立が容易になり、金融機関等と事業者の双方にとっても、事業再生の選択肢が拡大していくことが期待され、事業再生の実務にも大きな影響を与えると考えられます。
当事務所では、施行日までに定められる施行規則や最高裁判所規則の内容も含めて、今後の議論等の動向を注視し、随時情報発信に努めてまいります。
- 上場会社が事業再生ADR手続を利用する際には適時開示が必要な場合があり、同手続の利用を公表することもありますが、事業再生ADR手続内での議論や資料は情報漏えい等がない限り、機密性が保持されています。