Ⅰ. はじめに
米国連邦取引委員会(Federal Trade Commission、以下「FTC」といいます。)は、2024年12月12日、国内最大のワイン・スピリッツの販売業者のひとつであるSouthern Glazer’s Wine & Spirits(以下「Southern」といいます。)に対して、また2025年1月17日、グローバルで事業展開を行う食品飲料会社のひとつであるPepsiCo, Inc.(以下「PepsiCo」といいます。)に対して、ロビンソンバットマン法1(Robinson-Patman Act、以下「RPA」といいます。)に違反する事業活動が行われていることを理由に訴訟を提起したと発表しました2。
RPAは、1936年、サプライヤーが大規模な小売事業者に対してのみ、大量購入による値下げやリベートなどの支払を提供することで、これらの大規模事業者を優遇し、小規模な独立系小売事業者を不当に差別することなどから、小規模事業者を保護することを目的に制定された特別法です。RPAは、同一の商品について買い手毎に異なる価格で販売するなどの直接的な価格差別行為のみならず、一部の事業者に対してのみプロモーションやリベートを支払うことで価格差を設けるなどの間接的な価格差別行為も禁止しています。
これまでFTCによるRPAの価格差別規制違反に基づく訴訟提起は、約25年間行われていませんでしたが、近年同法による執行方針について見直しがなされたことにより、昨年12月から本年1月にかけて、上記の通り同法に基づく訴訟提起が立て続けに2件行われました。
本ニュースレターでは、RPAの概要及び上記2件の事例についてご紹介いたします。
Ⅱ. RPAの概要
1. RPAで禁止される行為
① 同等の等級・品質の商品について、異なる購入者間で直接又は間接的に価格差別を行うことにより、競争を著しく減少させたり、独占状態を生み出すおそれがある行為(a)。
なお、本条の対象となる「商品」は、米国国内での消費または再販売のために販売される商品が適用対象となっており、米国から国外に輸出される商品は含まれません。
② メーカーが、販売の過程で、購入者から手数料、仲介料、その他の報酬、またはそれに代わる手当や割引として、有価値物を支払い、授与し、受け取り、若しくは承諾する行為(c)。
③ メーカーが、販売の過程で、特定の事業者に対して、特定の事業者が提供するサービスや施設の利用対価として報酬や有価値物を支払うこと(d)。
④ メーカーが、再販売目的で購入された商品に対して、購入者に対して、自身が提供するサービスや施設の提供に関する契約を締結、またはその提供に貢献することによって、特定の購入者を優遇する行為(e)。
⑤ 差別的な価格を意図的に誘発または受け取る行為(f)。
2. RPA違反に対する抗弁
上記禁止行為に該当する場合であっても、以下の正当化事由を抗弁として立証することができれば、RPA違反にならないとされています。
① 競争対抗価格(GOOD FAITH MEETING COMPETITION)
価格差別がいわゆる善意の競争対抗手段と整理できる場合(例えば、競合他社が低い価格を提示したので、それに対抗する必要上、顧客に対して低い価格を提示する等)。
② コストに基づく正当化(COST JUSTIFICATION)
価格差別が、購入量の差異、輸送費や倉庫での保管費用の差異をはじめ、顧客毎に生じたコストの差異に基づくと整理できる場合。
③ 機能的な割引(FUNCTIONAL DISCOUNT)
価格差別が、再販業者によってメーカーのために行われるマーケティングサービスや機能のコストに関する合理的な償還と整理できる場合。
④ 利用可能性(AVAILABILITY)
他の顧客においても割引などの優遇措置が利用可能であると整理できる場合。
Ⅲ. 本事例集の概要
1. Southern Glazer’s Wine & Spirits事件
【概要】
FTCの訴状によれば、Southernは、少なくとも2018年頃から小規模な酒類の小売事業者(いわゆる「mom and pop business」)に対して、全州で事業を展開している大手のワイン及びスピリッツのチェーン販売店及び一部の地域で事業を展開しているチェーン販売店向けの販売価格よりも著しく高い価格で販売していることや、一部のチェーン販売店に供与しているリベートを他の販売店には供与しないことなどを通じて、小規模事業者が全国的なチェーン販売店や一定の地域のチェーン販売店と競争する能力を喪失させたことがRPA違反の理由と主張されています。FTCがRPA違反と主張している行為の具体的な内容としては、商品の大量購入を条件とする大幅な割引(ボリュームディスカウント)の実施、一定期間内における商品の購入量を合算して特定の数量を上回ることを条件とした割引、大規模チェーン店に対して商品の販売に応じて提供しているリベートの不提供があげられています。そして、Southernによるこれらの差別的な価格設定は、取引コストの違いに着目したことを理由に正当化されるものでもなく、Southernと競合する酒類の卸売業者がチェーン店に対して提供している価格に対抗することを目的とした真摯な意図で実施された行為でもなかったことからRPAに違反するとの主張がなされています。
2. PepsiCo, Inc.事件
【概要】
FTCのプレスリリースによれば、PepsiCoは、一部の大手小売事業者に対してのみ、他の小売事業者には提供していない、商品のプロモーション協力をPepsiCo自らの資金負担で行ったことが、一部の大手小売事業者のみを優遇する差別的措置であり、かかるプロモーション協力を受けた大手小売事業者の販促コストひいては商品価格を不当に下げる効果があったとして、RPAに違反するとFTCは主張しました。
もっとも、共和党の委員2名が訴訟提起に反対の意見を表明しています。例えば、共和党のメリッサ・ホリョーク(Melissa Holyoak)委員は、PepsiCoは当該大手小売事業者に対して直接資金供与したわけではなく、自らの資金負担の下でプロモーション協力を提供したに過ぎないこと、その場合、「特定の事業者が提供するサービスや施設の利用対価として報酬や有価値物を支払うこと(d)」には該当しないため、本来であれば、これが一種の間接的な価格差別として(a)に該当するためには、「競争を著しく減少させたり、独占状態を生み出すおそれ」の立証が必要であるところ、本件ではそれがなされていないので構成要件に該当しないと述べており、共和党のアンドリュー・ファーガソン(Andrew N. Ferguson)委員もそれに同調する意見を述べています。
Ⅳ. 小括
Southern及びPepsiCoの事例は、いずれもRPA違反を理由としていますが、前者では、直接的な価格差別行為が問題になっているのに対して、後者では、間接的な価格差別行為を問題としている点で異なります。そのため、いずれの訴訟も今後のRPAの適用範囲等を考える上で重要になる可能性があります。
なお、いずれの訴訟についても、FTCの委員の中で提訴すべきかどうかについて意見が分かれており、最終的にFTCの委員5名の内3人が訴訟提起に賛成していました。しかしながら、いずれも民主党のバイデン政権下において提起されたものであるところ、その後本年1月に政権が交代し、それに伴いFTCの委員も3名交替し、共和党のアンドリュー・ファーガソン(Andrew N. Ferguson)委員が委員長に就任するなど、FTCの構成には大きな変化がありました。