Ⅰ. 会社法改正に関する議論の状況
最後の会社法改正となった令和元年改正から、5年が経過しました。その間、コロナ禍等も経て、経済や企業活動の在り方が国内外で大きく変わってきました。それに伴い、企業実務の中から、あるいは政府における各種検討会議等においても、会社法の改正を要望する声が大きくなってきています。そのような中、法務省の法制審議会は、2025年2月10日、「近年における社会経済情勢の変化等に鑑み、株式の発行の在り方、株主総会の在り方、企業統治の在り方等に関する規律の見直しの要否を検討の上、当該規律の見直しを要する場合にはその要綱を示されたい。」との諮問を行い、「会社法制(株式・株主総会等関係)部会」が設置されました。2025年4月23日に同部会の第1回会議が開催され、いよいよ次の会社法改正に向けた検討が本格的に開始されました1。
このように、部会での議論は始まったばかりですが、その下敷きとなる議論が、2024年9月から2025年2月にかけて開催された会社法制研究会(主催:公益社団法人商事法務研究会。研究会のメンバーは、その多くが部会の委員となっています。)において行われてきました。そこで、本号及び次号のCorporate Newsletter(次号は5月26日配信予定)では、今後部会において議論される見込みの主要なテーマを取り上げ、会社法制研究会における議論の経過をご紹介する形で、論点や議論動向をご紹介いたします2。
Ⅱ. 従業員等に対する株式の無償交付
1. 議論の背景
令和元年改正会社法により、上場会社の取締役又は執行役を対象として、株式の無償交付(募集株式と引換えにする金銭の払込み又は財産の給付を要しない株式の発行又は自己株式の処分をいいます。以下同じです。)をすることができるとされました(会社法202条の2)。
近年、国内外の優秀な人材の獲得・維持、エンゲージメントの向上等の観点から、従業員及び子会社の取締役等(以下「従業員等」といいます。)に対しても株式を付与する動きが広がりつつありますが、上場会社の取締役又は執行役ではない者については、現行法上の株式の無償交付の対象とされていません。
そこで、従業員等を対象とする株式の無償交付を認める規律を設けることが検討されています3。
2. 検討されている改正の論点
従業員等に対する株式の無償交付に関して、検討されている論点の概要は以下のとおりです。
(1)既存株主の利益の保護の在り方4
無償交付により募集株式を発行する場合、1株当たりの価値が下落(希釈化)し、既存株主の利益が害されるおそれがあり得るため、既存株主の利益に配慮する必要があります。そこで、従業員等に対する株式の無償交付について、①有利発行規制を及ぼすか否か、及び②株主総会決議を要件とするか否かが検討されています5。
この点、①実務上、従業員に対する株式の交付は、福利厚生として交付されており、賃金(労働の対償)として交付されるわけではないこと、及び②公開会社では、募集株式の発行等をするに当たって株主総会決議を経る必要がなく、また、従業員の賃金・福利厚生について株主総会で定める必要はないため、許容される希釈化の限度について株主の意思が確認されることがないことを踏まえた検討が必要とされています。
(2)株式の無償交付の対象者
株式の無償交付の対象者については、子会社の役員及び従業員や、監査役及び会計参与等を含めるか否かが検討されています。この点、子会社の役員及び従業員については対象者に含めるべきであるとの実務上のニーズが指摘されている一方で、監査役及び会計参与等を対象者に含めることについては、実務上のニーズの有無が必ずしも明確ではないとの指摘がされています。
(3)株式の無償交付をすることができる株式会社
上場会社のみならず、非上場会社についても、株式の無償交付をすることができるとするか否かが検討されています。この点、非上場会社においても、人材活用のために自社の株式を利用するニーズはあり得るものと考えられています6。
(4)開示の在り方
株式の無償交付の透明性・公正性を担保するため、公開会社においては、一定の事項を事業報告の内容に含めなければならないとすることが検討されています7。
(5)会計処理
株式の発行により計上すべき資本金又は資本準備金の額は、原則として、当該株式の発行に際して株主となる者が株式会社に対して払込み又は給付をした財産の額を基礎として計算されます8。この規定は株式の発行に際して金銭の払込み等がされることを前提としたものであり、従業員等に対して金銭の払込み等を要しないものとする場合における株式の発行により計上すべき資本金又は資本準備金の額については、一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行も踏まえ、新たな規律を設けるべきであると考えられています。
(6)労働法制との関係(「賃金」該当性)
従業員に対して株式の無償交付を行う場合、交付される株式が労働基準法上の「賃金」9に該当し、「賃金の通貨払いの原則」10に抵触しないかについて整理を要するとされています。
3. 検討されている改正案の内容
現在、上記2.の各論点を踏まえ、会社法202条の2の規定は、上場会社に限定することなく適用され〔、会計参与や監査役も含まれ〕11るものとした上で、株式の無償交付に関する新たな規律について二つの方向性が検討対象とされており、その概要は下表のとおりです。
論点 | 改正案(A案) | 改正案(B案) |
株主総会決議の要否 | 不要 取締役会の決議により、使用人12に対する募集株式の割当てに関する方針として法務省令で定める事項(例えば、次に掲げる事項)を定める。 ① 無償交付の場合における募集株式を引き受ける者(使用人等に限る)の範囲 ② 無償交付の場合において、使用人等が引き受ける募集株式の数の事業年度ごとの上限 ③ 募集株式の譲渡制限の有無・制限解除事由の概要 ④ 募集株式の無償取得事由の有無・概要 ⑤ その他募集株式を割り当てる条件の有無・概要 | 必要 株主総会の決議(普通決議)により、次に掲げる事項を定めることができる13。 ① 左記①の事項 ② 左記②の事項 加えて、取締役会の決議により、一定の事項(左記③から⑤の事項)を定めなければならないものとすることも考えられる。 |
有利発行規制の適否 | 適用 ※どのような場合に有利発行に該当するかが問題 | 不適用 |
募集株式の割当てに関する事項等として定める事項 | ① 上記定めに従い当該募集に係る株式の発行又は自己株式の処分をするものであり、募集株式と引換えにする金銭の払込み又は財産の給付を要しない旨 ② 募集株式を割り当てる日 | |
無償交付の対象者 | 当該会社の使用人又は当該会社の子会社の取締役〔、会計参与、監査役〕14、執行役若しくは使用人 | |
対象となる会社 | 上場会社に限定することなく、非上場会社にも適用される。 | |
開示の在り方 | 公開会社においては、①上記「株主総会決議の要否」欄に記載の事項を定めているときは、その定めの内容の概要、②当該株式会社又はその子会社ごとに交付された株式の数及び株式の交付を受けた者の人数等を事業報告の内容に含めなければならないものとすることが考えられる。 | |
会計処理 | 上記定めに基づく株式の発行により資本金・準備金として計上すべき額は、法務省令15で定める。 | |
労働法制との関係 | 労働法制に抵触しないと整理することができると仮定。引き続き検討を要する。 |
4. 実務への影響
現状においても上場会社の取締役や執行役に対しては株式の無償交付が会社法上認められているものの、実務上、上場会社の株式報酬の付与対象者には、上場会社の取締役や執行役に限らず、取締役を兼務しない執行役員等まで含まれていることが一般的であるため、取締役や執行役は無償交付構成、執行役員等は現物出資構成として、対応が分かれる方がかえって煩雑である(また従前の現物出資構成でも具体的な支障が生じていない)ことから、両者ともに現物出資構成で統一的に対応している事例が多い状況にあります。
今般の会社法改正により、従業員等に対しても株式の無償交付が認められることとなった場合には、上記のように付与対象者により対応が分かれるという問題が解消されるため、取締役・従業員等も含め、無償交付構成で統一的に対応する実務が広がることが想定されます。
ただし、改正案で議論の対象となっている有利発行規制の適用の有無や株主総会決議の要否の結論によっては、無償交付構成を採用する方がかえって手続が煩雑になり、あるいは解釈上の疑義が生じるという問題が残る可能性もあり、ストックオプションとしての新株予約権の発行の実務において相殺払込構成の採用が続いているのと同様に、株式についても現物出資構成の採用が改正後も続くことも考えられます。
Ⅲ. 株式交付制度の見直し
令和元年会社法改正において、買収会社が被買収会社をその子会社とするために、被買収会社の株式を譲り受け、当該株式の譲渡人に対して、当該株式の対価として買収会社の株式を交付するという組織法上の制度として、株式交付制度が新設されました。しかし、現行の株式交付制度は利用可能な範囲が狭いという指摘があり、見直しの必要性が指摘されていました。本ニュースレターでは、会社法制研究会において議論された論点のうち、特に活発な議論がされたものと見受けられる論点を取り上げて解説いたします16。
1. 子会社の株式を追加取得する場合を株式交付の対象とするか
現行会社法上、株式交付は、株式会社が他の株式会社をその子会社とするために行う場合にのみ認められ(会社法2条32の2)、すでに親子会社関係が存在する際に親会社が子会社の持株割合を増加させるような場合には認められません(親子会社関係が存在しない場合に、議決権の50%に満たない株式の取得を行う場合(例:5%⇒10%)にも同様です。)。
株式を現物出資して追加出資を行う場合と比較して、株式交付では、検査役の調査(会社法207条)、財産価額補填責任(会社法212条、213条)等の規律の適用がないため、株式対価M&Aの活性化に向けて、すでに子会社である株式会社の株式を追加取得する場合や、連結子会社化する場合にも株式交付を利用できるようにすべきではないかという問題意識がありました。
会社法制研究会では、端的に子会社株式の追加取得を株式交付の対象とする案(A案)のほか、子会社株式を一定の割合まで増加させる場合(例えば3分の2、10分の9、全部)を株式交付の対象とするという案(B案)が検討されました。
この点、子会社の株式の追加取得についても、子会社の支配力の強化やグループ管理の強化という点で、株式交換や現行の株式交付と同様に、集団的な規律に服する行為であって、広い意味での組織再編的な行為としてその有用性が一般的に認められるものとして、株式交付の対象とするという案を支持する意見もあった一方で、組織再編行為の範囲を安易に拡張して考えるべきではないとして、株式交付の対象とすることに慎重な見解も示されています。また、改正をする場合の規律案については、比較的複雑な設計となるB案よりもA案が支持を受けていたものと見受けられます。
2. 株式会社を子会社化する場合一般について株式交付の対象とするか
現行会社法上、株式交付における子会社化は、他の株式会社を会社法施行規則3条3項1号に定める子会社(保有議決権割合が50%を超えている場合)とする場合に限定されており(会社法32条の2、会社法施行規則4条の2)、他の株式会社を会社法施行規則3条3項2号、同項3号の子会社(自己の計算において保有している議決権の割合が過半数に至らなくても、緊密な関係のある者の議決権を合算することや、取締役会等の構成員の過半数を関係者が占めること等により子会社と認められる場合)とする場合は、子会社該当性に実質的な判断を要する(株式交付が想定どおりに実施されれば被買収会社は子会社に該当することになると直ちにいえない)ため、株式交付の対象から除外されていました。しかし、これらの場合についても株式交付を利用するニーズが存在することが指摘されています。
会社法制研究会では、株式交付が親子会社関係の創設を「目的」とする行為であれば株式交換等と同様の組織法上の行為であるといえるとする考え方から、子会社化をしようとする場合一般を株式交付の対象とする案(A案)と、あくまで(結果としても)親子会社関係を創設する行為であることを要し、効力発生日において株式交付親会社が給付を受けた株式交付子会社の株式の総数が会社法774条の3第1項2号の下限の数17を満たさなかったときは株式交付の効力は発生せず、当該下限の数は満たしたが、親子会社関係の創設に至らなかったときはそのことが株式交付の無効の訴えにおける無効事由になるという案(B案)が検討されました。
A案によれば、そのような「目的」があれば、結果的に親子会社関係が創設されなくても株式交付の規定が適用されることになるものの、恣意的である等の否定的な意見が見られました。他方、B案によれば、実際に親子会社関係の創設に至らなかった場合には無効事由となってしまうものの、実務上株式交付親会社と株式交付子会社の間で事前の交渉が行われることが想定されるため、実際に親子会社関係の創設に至らない事案は多くなく、法的安定性を害しないとの指摘もなされています。
3. 外国会社を子会社化する場合について株式交付の対象とするか
現行会社法上、外国会社を子会社化するために株式交付を利用することはできません(会社法2条32号の2)。他方、外国会社を株式交付の対象とすることのニーズも指摘されていました。
会社法制研究会では、外国会社全般を株式交付の対象とする案(A案)のほか、外国会社のうち、「日本における同種の会社又は最も類似する会社が株式会社であるもの」に限定して対象とする案(B案)も検討されましたが、外国会社を株式交付の対象とするのであれば、ニーズに合わせて会社法2条2号規定の「外国会社」一般について広く認めるべきとしてA案を支持する見解が見られました18。
4. 実務への影響
株式交付に関する上記改正がなされた場合において、予想される実務への影響については、以下のとおりです。
子会社の株式の追加取得を行う場合についても株式交付の対象とすることが認められた場合、例えば、子会社について株主総会特別決議事項を可決させるために必要な3分の2まで議決権保有割合を増加させたい場合や、特別支配株主による株式等売渡請求をするために必要な10分の9まで議決権保有割合を増加させたい場合等において株式交付を活用することができるようになると見込まれます。
また、株式会社を子会社化する場合一般について株式交付の対象とすることが認められた場合、より広範囲での親子会社関係の創設に株式交付が活用されることが見込まれます。
また、外国会社を子会社化する場合について株式交付の対象とすることが認められた場合、近年スタートアップ等の積極的な海外展開ニーズが高まっていることから、外国会社の買収に株式交付が活用されることが見込まれます。
Ⅳ. 現物出資制度の見直し
1. 議論の背景
現物出資を行うに際して、現物出資財産の価額を調査させるために裁判所に対して検査役の選任を申立て調査を受ける検査役調査制度については、スタートアップに対する知的財産権等の現物出資の支障になっているとの指摘があります。また、募集株式の引受人が株主となった時における現物出資財産の価額がこれについて定められた募集事項決定時に定められた現物出資財産の価額に著しく不足する場合に、引受人、取締役等及び証明者に課される不足額塡補責任については、募集事項の決定時に現物出資財産が適正に評価された場合であっても、募集株式の引受人が株主となった時までに現物出資財産が値下がりしたときは、不足額塡補責任が発生し得ることが、実務上のリスクとなっているとの指摘があります。さらに、上記の検査役調査制度及び不足額塡補責任については、これらが厳格であるために現物出資をすることに対する萎縮効果をもたらす可能性があることから、これらを緩和するべきであるとの指摘があります。
そこで、現物出資制度に関し、検査役の調査を要しない範囲を拡大することや、関係者の不足額塡補責任を緩和することなどが検討されることとなりました。
2. 検討されている論点と改正の内容
検査役調査制度及び不足額填補責任について、会社法制研究会で検討された改正案の概要は、以下のとおりです。
(1)検査役調査制度
検査役調査制度については、株主総会の特別決議により検査役調査を不要とする改正案(A案)と、弁護士等の有資格者に限定せず専門的知識を有する者による証明を受けた場合に検査役調査を不要とする改正案(B案)が検討されました。
(a)A案
検査役調査制度の制度趣旨として、既存株主から引受人への価値移転を防止すること、すなわち、過大評価された財産が現物出資されることにより、1株あたりの価値が下落(希釈化)することを防止するということがあります。このように既存株主の利益が害され得るという状況は、募集株式の有利発行が行われる場合と同様であることから、A案は、有利発行と同様に、株主総会の特別決議で現物出資を可能とする改正案です。また、開示規制として株主総会での説明及び事後に事業報告での開示を求めることが検討されています。A案の概要は、以下のとおりです。
- 検査役の調査が不要となる例外として新たに「取締役が199条2項の株主総会において、現物出資財産の価額の評価方法、評価額、その他の同条1項3号の価額が相当である理由を説明した場合」を加える。
- 公開会社は、上記の例外を用いる場合には、現物出資に係る事項を事業報告の内容に含める。
- 公開会社は、上記の例外を用いる場合には、募集事項の決定は株主総会の決議によらなければならないものとする。
A案に対しては、肯定的な意見もあった一方で、検査役調査制度の趣旨として、一定の金額が出資されたというアナウンスがされたことに対する債権者の信頼を保護するという側面があるところ、A案ではその観点から債権者保護に懸念があるという指摘もあります。この点については、事業報告での開示等を要求すればそれが債権者保護にも資するという見方も示されています。
(b)B案
現行法上、現物出資財産について、募集事項決定時に定められた現物出資財産の価額が相当であることについて弁護士等の一定の資格を有する者による証明を受けた場合には、検査役調査は不要とされているところ、現物出資財産の価額を的確に評価することができるのであれば、必ずしも有資格者等である必要はないとし、当該除外規定を利用するための証明者の範囲を専門的知識を有する者に拡大する改正案です。B案の概要は、以下のとおりです。
- 会社法207条9項4号の規定について、「その他の当該現物出資財産の価額の評価に関し専門的知識を有する者」もその証明をすることができるように改める。
- 現物出資財産を給付しようとする者は、株式会社又は当該証明者の求めに応じ、当該現物出資財産に関する事項を説明しなければならない。
- 引受人及び証明者の不足額填補責任について、立証責任の転換のない過失責任とするなどの見直しを行う。
B案については、現行の制度を大きく変えることなく導入が可能であるという点で、評価する意見が見られました。
(2)不足額填補責任
不足額填補責任は、引受人については無過失責任とされ、取締役等及び証明者については立証責任の転換がされた過失責任とされています(会社法212条1項2号、213条1項乃至3項)。そこで、各関係者の不足額填補責任について、以下のような方向性での改正が検討されています。
- 責任の性質を緩和・調整すること(無過失責任ではなく、立証責任が転換された(過失がないことを填補責任を追及されている者が立証しなければならない)過失責任又は立証責任が転換されない過失責任とすること)
- 責任の範囲を縮減すること
責任の性質を緩和・調整することに関する議論は、引受人等が負う不足額填補責任の法的性質をどう捉えるかと関連します。例えば、引受人の不足額填補責任に関しては、その法的性質について、現物出資の引受人が一定の金額を出資する義務を負っている(担保責任の一種)と考えるのであれば、過失の有無に関わらず責任を負うべきという帰結となるため無過失責任とすべきということになります(その上で、後記のとおり責任の範囲を縮減する余地がないかを検討することになります。)。これに対し、不足額填補責任の存在が現物出資の利用を躊躇させているという理解の下で、責任を一定程度軽減するためには、立証責任が転換された過失責任や、立証責任が転換されない過失責任を採用することが考えられますが、この場合には、引受人の責任は、担保責任とも異なる特別な法的責任と整理することになると考えられ、その性質をどう考えるか、そこから導かれる「過失責任」のあるべき程度がどのようなものかという点については、必ずしも検討が尽くされておらず、今後の更なる議論が待たれます。
また、取締役等及び証明者の不足額填補責任については、現物出資財産を不当に評価する危険を抑止するという点を重視した場合は、現行法と同様立証責任が転換された過失責任とすべきという帰結となると考えられる一方、会社財産を危うくすることへの責任と考えると、有利発行規制と同様に立証責任が転換しない過失責任とすることになるという見方が示されています。
また、上記のようにどのような要件で責任が発生するか(過失の要否)のほかに、責任の範囲を縮減することで不足額填補責任を緩和するかという点については、各関係者の不足額填補責任につき、募集株式の株主となった時において現物出資財産の価額が著しく不足する場合の当該不足額とする現行法の規律を維持する見解と、募集事項の決定時の現物出資財産価額が著しく不足する場合のみ不足額填補責任を負うとする見解(すなわち、当該時点で現物出資財産が適正に評価された場合には、その後の事情により当該財産の価額が下落した場合には不足額填補責任は負わないという見解)が議論されています。
不足額填補責任の性質と責任の範囲に関する規律の仕方については、様々な選択肢と組み合わせがあり得るところ、現物出資をより積極的に活用できるようにするという実務的な要請と、制度趣旨から理論的に一貫した法制度として構築する必要性の両面からの議論がなされており、見解の統一は見ていません。この議論は部会でも継続されていくものと考えられます。
3. 実務への影響
暗号資産、ステーブルコイン等のデジタルアセットや知的財産等の様々なものを出資してビジネスに活用したいというニーズが多様化していく中で、金銭以外の様々な財産の評価をできる限り公正に行うことができるような仕組みづくりをしていく必要がある旨議論されており、現物出資制度の規制が緩和されれば、より多様な形態の出資が可能となっていくことが期待されます。
また、今回の会社法改正の議論では、上記Ⅲ.のとおり、株式交付制度の改正も議論されています。2019年に株式交付制度が創設された背景として、現物出資規制が障害となって、株式の現物出資による株式対価M&Aが困難であったという事情があるところ、現物出資規制が緩和されれば、それが株式対価M&A促進のための重要な受け皿となる可能性も存在するため、現物出資規制単独ではなく、株式交付制度の改正とあわせて理解する必要があるといえます。
- 第1回会議において、神作裕之委員(学習院大学法学部教授)が部会長に、藤田友敬委員(東京大学大学院法学政治学研究科教授)が部会長代理にそれぞれ指名されました(https://www.moj.go.jp/shingi1/shingi04900001_00287.html)。
- 会社法制研究会の議事録、資料及び報告書は、こちらのウェブサイトで公開されています(https://www.shojihomu.or.jp/list/kaishahoseiken)。
- なお、現行法の下でも、実務上、金銭債権を従業員等に付与した上で、従業員等に募集株式を割り当て、引受人となった従業員等に当該金銭債権を現物出資財産として給付させることにより、株式の発行又は自己株式の処分をするという取扱いが行われています(いわゆる現物出資構成)。しかしながら、このような方法は技巧的であり、端的に、従業員等に対する株式の無償交付を認めるべきとの指摘や、いわゆる現物出資構成で必要となる手続が簡便になることが望ましいという実務上の必要性があるとの指摘があります。
- なお、本論点が最も本質的な問題であり、かつ、制度設計の方向性に影響を及ぼす重要な論点といえます。
- また、募集株式の割当てに関する事項等として定めるべき事項をどのようなものとするかも検討事項とされています。
- これに対し、非上場会社については、その株式に市場価格が存在せず、公正な価値を算定することが容易ではないため、株式の無償交付の制度が濫用され、不当な経営者支配を助長するおそれが高まるとの指摘もあり得るとされています。
- なお、非公開会社においては、募集事項の決定は株主総会決議によるものとされていることに加え、事業報告の内容に含めなければならない内容が限定されていること(会社法施行規則118条)、役員や使用人に対して交付した株式や新株予約権に関する事項(会社法施行規則122条1項2号、123条1号・2号)は非公開会社の事業報告に含めなければならない内容にはなっていないことから、事業報告での開示は必要ではないと考えられています。
- 会社法445条1項から3項
- 労働基準法11条
- 労働基準法24条
- 会社法制研究会報告書においてもブラケットが付されています。
- 上表「無償交付の対象者」欄に記載の者をいいます。B案においても同じです。
- 募集事項の決定ごとに株主総会決議を必要とするものではなく、定時株主総会において毎年決議しなければならないというものでもなく、株主総会決議で一度定めていれば、その内容に変更がない限り、重ねて株主総会決議を経る必要はないものが想定されています。
- 会社法制研究会報告書においてもブラケットが付されています。
- 法務省令の内容については、引き続き検討することとされています。
- 会社法制研究会では、本ニュースレター掲載の論点の他、株式会社のみならず持分会社を子会社化する場合について株式交付の対象とするべきではないか、株式交付親会社の反対株主の株式買取請求権や株式交付親会社における債権者保護手続等を念頭に、手続を簡素化するべきではないかといった議論がなされました。
- 会社法744条の3第1項2号に基づき株式交付計画に記載された株式交付親会社が株式交付に際して譲り受ける株式交付子会社の株式の数の下限
- なお、A案については、併せて、株式交付親会社の事前開示事項に、①株式交付子会社が日本における会社と同種のもの又は会社に類似すると判断した理由、②株式交付子会社の設立準拠法を加える案が提言されています。